令和6年度 八王子支部 春の研修旅行

令和7年3月20日(木)~3月22日(土)2泊3日で宮城県、岩手県の三陸海岸を巡る旅に総勢29名でいってまいりました。
初日は東京駅に集合し、東北新幹線やまびこ号に乗り込み、仙台駅に向かいました。

東京駅集合

仙台駅に到着しバスより

仙台駅からバスで移動し「武田の笹かまぼこ」の工場見学と同じ建物で昼食をいただきました。

工場前自販機

お昼は牡蠣・マグロが食べ放題でした。

食後にバスで移動し、復興のシンボル的な場所「南三陸さんさん商店街」に寄りました。
敷地には6棟の平屋の建物が建っていて海産物をはじめ、お土産物、コンビニなどいろんな店がありました。

さんさん商店街内休憩所(中にこたつで休めるコーナーもありました)

さんさん商店街のすぐ隣に隈研吾先生設計の「JR志津川駅」「南三陸町東日本震災伝承館南三陸311メモリアル」「中橋」があり、木製ルーバーが建築物をどの角度からみてもダイナミックな広がりを感じさせる効果を生み出していました。

伝承館

中橋。こちらも木製デッキでした。

中橋を渡ると、震災時に防災無線で最後まで避難を呼びかけてた「防災対策庁舎」がありました。
現在は周辺に防潮堤と公園が整備されていました。
建物は鉄骨の錆止め塗装や破壊された鉄骨下地が補強されていましたが、手摺の曲がりなどや内装材がすべてないところが津波の破壊力を物語っていました。

庁舎横には献花台が設けられ、14年たった今も花がお供えられていました。

1泊目は三陸海岸沿いに建つ、南三陸ホテル観洋さんに宿泊しました。
夜は宴会場にてアワビをはじめとする海鮮料理を堪能し、2次会は希望者でホテル内ラウンジにてカラオケ大会を行いました。

支部長挨拶

宴会場

前支部長挨拶

アワビの踊り焼き。これホントに美味しかったです。

2次会の様子です。昭和な雰囲気のラウンジで我々にぴったりでした。

次の朝、ホテル主催の語り部バスに参加し、戸倉公民館、高野会館をバスで巡り、語り部さんより当時の様子を聞きました。
高野会館は元は結婚式場として利用されており、震災で最上階まで津波に襲われたが屋上までギリギリ浸水しなかったおかげで約330名が助かったそうです。
会館はホテルが所有し「震災伝承施設」に登録されており、震災を忘れないように語り部バスのルートに組み込まれていました。

浸水の位置が3階の天井くらいの位置に示されていました。

危ないので立ち入り禁止になっています。

被災したエレベーター

語り部バスがホテルに戻ってから、すぐに岩手県の碁石海岸・穴通磯(あなとおしいそ)にむかいました。
穴通磯は太平洋の荒波に削られた海蝕洞で3つ空いているのが珍しいみたいです。
バスを降りてから下り坂の階段を3分程度いったところにありました。
帰りの上り階段がけっこうキツかったですが、いい景色を堪能することができました。

穴通磯

景色を楽しんでいる参加メンバー

穴通磯を後にして、お昼ごはんは岩手県大船渡市大船渡町にある「海の幸ふるまいセンター」で天然あわび入りの海鮮丼のいただきました。
店はお昼ということもありましたが、地元の人たちで結構混んでいました。
海鮮丼以外に生牡蠣やシーフードカレーなども注文した人もいました。

海鮮丼

食後に有名なお菓子「かもめの玉子」を販売している三陸菓匠さいとう総本店-かもめテラスに寄ってお土産を購入。

かもめテラス

かもめテラスを出て三陸鉄道リアス線に乗るため波板海岸駅をめざし釜石市を北上しました。
車両は1両のためガイドさんと合わせて30名が一気に乗ったので社内は一気に混雑してしまい、一般の方は少し戸惑ったかもしれません。
しばし電車の景色を楽しみながら、宮古駅へと向かいました。

ガイドさんから配られた切符。

宮古駅に到着

予定ではこの後宮古市のホテルに向かう予定でしたが、3日目の浄土ヶ浜を2日目に行っておけば盛岡での時間が確保できるようなので予定を変更し、浄土ヶ浜に寄ることになりました。
浄浄ヶ浜の名前は、天和年間(1681年から1683年)に宮古山常安寺七世の霊鏡和尚が「さながら極楽浄土のごとし」と、目の前に広がる風景に感嘆したことから名付けられたともいわれているそうです。

浄土ヶ浜での集合写真

浄土ヶ浜に寄った後、宮古市にある休暇村陸中宮古というホテルに到着し、その夜はバイキング形式の夕食をいただき、就寝。

3日目はホテルを出てから北山崎、通称「海のアルプス」に向かいました。

北山崎にて集合写真

北山崎を出てから盛岡駅に向かうため、バスで休憩をはさみ挟みながら約2時間半に西へ走り、予定通り盛岡駅につきました。
盛岡駅では新幹線の出発時間まで1時間の余裕があり、各々で昼食・お土産のお買い物などをして過ごしていました。

盛岡といったら冷麺(わんこそばは時間がかかりそうなので諦めました)

今回、私自身三陸の旅が初めてでしたが、本当に海の恵みを受けて長年暮らしてきた地域だと感じました。
しかし14年前にその海によりたくさんのものを失った地域でもあり、また海の恵みを受けて今も復興を続けていました。
これからも震災を風化させないために震災伝承施設の保存や震災の語り部の方たちの活動支援を続けていってほしいと思いました。